「やっぱり自然な出会いじゃないとだめだなって」

「自然に出会って、数年ぐらい付き合って、自然に結婚したい」

多くの女性たちが当たり前のように使うこの言葉、「自然な出会い」。

でも、あらためて考えると「自然な出会い」とはなんでしょうか? みんなが当たり前に使っているこの言葉の裏には「出会いオーガニック信仰」が潜んでいます。

「自然な出会い」とはなにか

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「自然な出会いってなに?」と「自然な出会いがいい」派の人に聞くと、だいたい下記のような回答が返ってきます。

「身近な友だちや同僚と好意を育んで、告白されて、数年ぐらい付き合って、結婚して、子どもを産むことかなー」

「不自然じゃない出会い! やっぱりお見合いとか婚活とか、そういう人工的な出会いじゃないほうがいい」

まとめるとこうなります。

自然度 高

学校・会社などメインの所属コミュニティで顔を合わせる人との出会い
サークル・ご近所などサブの所属コミュニティ内での出会い
友人・親の紹介
行きつけのバー・パーティなどでの出会い
お見合い
婚活・マッチングアプリ・ナンパ

自然度 低

彼女たちは上位の「所属コミュニティ内で知り合って距離が近づく」パターンを希望していることがほとんど。友人・親の紹介はぎりぎりOKですが、なるべく人の紹介がないほうがよい様子。

「他者の手を介する回数」が少なく、相手と距離を埋めるための努力が少なければ少ないほど、「自然度」が高くなることがわかります。

不自然な出会いを敬遠する理由

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そして「自然な出会い」を求める人は多くの場合、「理想の恋愛」への憧れ、および「不自然な出会い」への嫌悪感を持っています。

不自然な出会いを敬遠する理由をヒアリングすると、だいたいこんなお答えが。

「親に言えない出会いかたをしたくない」

「結婚式での出会い紹介でなんていえばいいの? 『アプリで出会いました』なんて恥ずかしくて無理」

「自分から出会いを探しにいく...かー、なんかアクティヴになれない」

「周りのみんながそうだから、私も自然に出会えるだろうって思ってる」

「ていうか、そこまでしないと出会えないなんて、みっともなくない?」

自然な出会いを求める背景には、「ちゃんとした女ならアプローチされるもの」という受け身の姿勢、「出会うために金銭や時間などのコストをかけ、他者の助けを必要とする」出会いが恥ずかしいという羞恥心、そこまでのコストをかけたくないという省エネ思考、周りと同じ「普通」の出会いかたをしたいという「みんなと同じがいい志向」があるようです。

「自然な出会い」じゃないと無理。でも、結婚したい。

自然な出会いを待ち望む女性たちは、自分が自然に出会って付き合い、数年ほどしたら結婚していることを疑わずに20代を過ごします。

しかし、いざアラサーになり、自分が結婚すると思っていた年齢になっても「自然な出会い」がさっぱりこないと、彼女たちは焦りだします。

すると、周りからは「結婚したいの? だったら婚活すれば?」「私も彼氏、アプリで見つけていまはラブラブだよー!」というアドバイスがきます。

しかし、彼女たちにとってそれらの「努力」を必要とする出会いは「不自然」であり、自分の理想とは外れます。なので彼女たちはこう返します。

「うん、わかってるんだけど、でも自然な出会いがいいなって」

焦りや周りの勧めから、お試しで婚活パーティやアプリなどに手を出してみても、理想と違うために気がのらず、「なんか違う」「私には合わないから」「自然な出会いじゃないと」と言って、また「出会いオーガニック信仰」へと戻っていきます。

自然な状態=出会いがない状態という現実

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「自然な出会い」といった理想を求めることは個人の自由ですし、実際に自然に出会って結婚する人はたくさんいます。

しかし、現実が理想どおりに進まなかった場合は、いちど「本当に現状維持でいいのか?」と再考する必要があると思います。

とくに「アラサーになったら結婚しているはずだったのに彼氏すらいない」といった、現実の進捗が理想に追いついておらず大きなギャップがある場合はなおのこと。

彼女たちは「自然な出会いがいい」と言いますが、「自分が自然にしている状態=出会いがない状態」という現実を見落としています。

彼女たちが望むのは、「普通に生きていたら『いいな』と思える人に出会って、いい感じになって付き合う」という、努力や戦略を必要としない、いわば「省エネの恋愛」です。

シビアですが、このような受け身の姿勢で恋人ができる人は「所属するコミュニティに男性が多い」「所属するコミュニティで男性とマッチングする可能性が高い(かわいい、明るい、魅力的など)」などの条件がそろっているから「自然な出会い」があるのであり、誰でもできることではありません。

アラサーになっても「自然な出会い」がないのなら、「自分は自然な出会いが成立する条件を十分に満たしていない」と考えたほうが無難です。

欲しいものを求めて移動することもまた「自然」なこと

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次に考えてほしいのが「本当に、自ら労力を割かずに欲しいものが来るのを待つことが『自然』なのか」という前提への疑問です。

文明の広がりを見ればわかるように、人類は安定的な食料と安全を確保するために移動を繰り返してきました。自分が求めるものを求めて行動し、移動することもまた「自然」なことです。

彼女たちが理想を持つのはよーくわかるし、そうじゃない現実に「えーやだー理想と違うー」とがっかりするのもよくわかります。

しかし、現実と理想にギャップがあるのなら、選択肢はふたつしかありません。理想が現状維持している自分に近づくのを待つか、理想に近づけるために自分が動くか。

どちらを選んでもその人の自由ですが、前者は完全に運まかせで、人生を宝くじにかけているようなものです。楽ですが、あまりにもリスキーです。後者は自ら動くことを求められますが、自分がコントロールできる幅がぐっと増えます。

「自然な出会い」を待つことが悪いとは言いません。しかし、理想が叶わないまま何年も過ぎ去り精神が不安定になるのなら、別の意味での「自然な出会いかた」を考えてみてもいいと思います。

だってうちら一応霊長類ですからね。頭と口と手と足があり、動けます。使えるものは使うというのも、また自然なことではないでしょうか。

撮影(トップ、3、4枚目)/田所瑞穂 撮影(2、5枚目)/出川光 文/ぱぷりこ

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