絵画好きの人間にとって、東京は天国のような場所です。

東京都美術館、国立西洋美術館、国立新美術館、Bunkamuraなどの王道どころから、原美術館、根津美術館、東京都庭園美術館など建物そのものが美しいこじんまりしたところまでいろいろなタイプの美術館がそろっていて、いつ行っても何歳になっても美術館めぐりは楽しい。

アラサー女よ。美術館には男と行くな

東京美術館めぐりが趣味の女性たちと話をしていて、見出した「アラサー独身女が美術館めぐりをする際の鉄則」はこちら。

「美術館にはデートで行くな。行くなら信頼できる友人とか、ひとりで」

そう、私たちは、男性の中途半端なうんちくなんて聞きたくないのだよ。

「美術館めぐりが趣味女子」がかつてやらかした過ち

美術館めぐりが趣味女子は、だいたい20代前半で「デートで美術館に行く」という同じ失敗をやらかしています。

合コンやパーティーなどで知り合った男性と

「土日なにしてますか?」「趣味はなんですか?」

という話になり、

「美術館めぐりが好きなんです」「なら今度、◯◯美術館でやってる△△展に行こう」

とデートになる、が王道パターン。

若い頃は「趣味の話ができる」ことのポイントがかなり高いので「美術館にデートで行けるなんてうれしい!」となるわけですが、残念ながら「共通の話題がある」と「好みが合う」「会話が合う」はまったくの別物。そのことに気がついていないと、高確率で「俺のうんちくを聞け男」をひいてしまいます。

「俺のうんちくを聞け男」との美術館デート

20160328_art_tokyo_02.jpg「俺のうんちくを聞け男」は、中途半端な知識を持っていて、「こんな高尚なことを知っている俺」アピールをしたい男性に多く、「女性は自分より詳しくない生き物である」という暗黙の前提を持っています。

「この画家はこの時期、女性と別れて苦しい時だったんだ。その憂鬱さがこの青に出ているよね。フッ(効果音)」

「このモチーフは、政治的混乱への怒りの表象だよ。ここに彼の政治的主張が読み取れるよね。フッ(効果音)」

といったフッ(効果音)付きのうんちくを言うのですが、だいたい彼らが言うことは解説に書いてありますし、「解釈が古くない? 大学で習った知識をそのまま使ってアップデートしてなくない?」「その知識、違ってない?」とツッコミを入れたくなる場合も多い。

「しまった、俺のうんちくを聞け男だ!」と知るのは、美術館に入ってから。本音は「シャラップ! 私はあなたのうんちくと対話しにここにいるのではない、この絵画と対話してるんだ!」ですが、速やかかつ穏便に離脱するためには「美術館のうんちくを受け流すかきくけこ」を使います。

っこいいね〜」「れいだね〜」「わしいね〜」「っこう人いるね〜」「の画家、こんなのも描くんだ〜」

これに「合コンさしすせそ」の5パターンを組み合わせれば、25通りもの回答が出来上がるので、自動応答で出口まで持たせられます。この他、人が多くてはぐれたふりをするのも王道です。

このような失敗を経て、美術館めぐり女子は学びます。「付き合う前に美術館デートはするもんじゃない」と。

うんちくはコリゴリ。でも、結婚したい

上記のようなれっきとしたコストパフォーマンス上の理由があるにもかかわらず、「ひとりで美術館に行く」というと、周りの人は言うわけです。

「ひとりでさみしくない?」「一緒に行った方が楽しくない?」「孤独じゃない?」。

「うんちくを聞きたくない」と言えば今後は、男の顔を立てろ勢がやってきて囁きます。「うんちくなんて褒めておけばいいのよ。男は自分より馬鹿な女が好きなんだから」って。

確かに、思考停止して「美術館のうんちくを受け流すかきくけこ」を繰り返していれば、多くの男性から好印象を持たれるでしょう。

でも、好きなものを見るときに、心が濁ることをしたくない。知っていることを知らないふりなんてしたくない。間違っていることに「それは違うと思う」と言えない関係なんていらない。「女性は自分より詳しくない」という思い込みを持っていてそれを暗黙のうちに押し付けてくる人は好きじゃない。

だからひとりで行く道を選んだのに、「ひとりで美術館」というだけで、「暗そう」「暇そう」「好き嫌いが激しそう」「ひとりで生きていけそう」というイメージを持たれてしまう。

自分が独身だから、こんなクソリプをもらってしまうの? それとも自分が「男性のうんちくをうまく転がす」ことができないから独身なの?「自立している」と自分では思っているけど、周りからすれば「だからおひとりさまなんだよね」と思われてるの? 結婚したら、ひとりで美術館に行こうが何しようが「格好いいね」て言われるの?

普段はひとりでいるのが平気な子でも、弱るとこのような闇に飲まれて「結婚したい」モードになることがあります。世間のクソリプに耐えられなくなって、厄除けのお守り代わりに「結婚」というステータスを求めようとするのです。

結果として、彼女たちは迷走します。あんなに嫌がっていたうんちくを褒めるようになったり、とりあえず結婚できるならなんでもいいと婚活を始めたり。

でも、もともとの動機が「クソリプをもらいたくない」「みじめな女だと思われたくない」という逃げのためのもので、結婚したい相手がはっきりしているわけじゃないから、うまくいかないんですよね。ある程度迷走して失敗した彼女たちはまた「ひとりで美術館めぐり」クラスタへと戻ってきます。

うんちくは嫌い! のままでいい。やるべきはフィルタを変えること

「別に結婚したいわけじゃなかったよ」

そうやって彼女たちは笑いますが、もともと彼女たちは「自分の好きなものを、好きな人と一緒に楽しめたら素敵だな」という望みがあったはず。だから若い時は男性と積極的に美術館デートをしていたんですよね。でも「趣味が一緒だからといって楽しめるわけじゃない」という現実にぶち当たり、失望し、あきらめてしまった。

でもこれは、彼女たちが期待していたから悪いわけでも、うんちくを流せないから悪いわけでも、無知なふりをできない潔癖症だから悪いわけでもありません。「共通の話題がある」ことと、「好みが合う」「会話が合う」ことはまったくの別物なのに、一緒だと思い込んでしまったところが間違っていただけ。

美術に限らず、趣味にこだわりがある女性はどうしても「同じ趣味分野で共通の話題がある」というところに高ポイントをつけて、勝手に期待して勝手に失望してしまいがちです。

「趣味が同じ人」でフィルタをかけるのではなく、「女性に知識マウンティングをかけない人」でフィルタをかければ、「俺のうんちくを聞け男」は避けられます。

「自分が好きになれないタイプの男を引っ掛けてしまう、自分のフィルタに問題がある」と気づけるかどうかが鍵だと私は思います。望みを諦める必要なんてない。「男ってバカな女が好きなんでしょ」とやさぐれる必要もない。

まあ、フィルタを直しちゃうと「この前デートした男が面白すぎた!」といってキャーキャー騒ぐネタがなくなるから、それはそれで寂しいんですけどね。

これはもうしょうがない。自分や友だちのしあわせには変えられません。

撮影/出川光